「食べログ」やらせ業者発覚問題と、Facebookのシェア

食べログのやらせ投稿問題。

口コミサイトのやらせ問題は、今に始まったことではないので別に驚きはしないが、

たまたま同時期に、口コミについて考えさせられる出来事があったのでそれをシェアしたい。

 

先日、伊豆高原に行ったときのこと。

宿泊先の近所の蕎麦屋さんに入り、私は温かい蕎麦、連れが冬にもかかわらず「冷やしたぬき蕎麦」を頼んだ。

頼んだ後、

テーブル上に、揚げ玉の入った壺を発見。

「なんだ、もり蕎麦を頼んでこれをかければ、たぬき蕎麦だったのにね」と二人で笑った。

たぬき蕎麦はなかなかこなかった。

店はがらがらなのに、なんでこんなに時間がかかるんだろう。

やっと運ばれてきた蕎麦を連れが一口食べると、「熱い」と言う。

冷やしたぬき蕎麦がなんで熱い?

「この揚げ玉、ここに置いてある冷たい揚げ玉と違う。揚げたてだ」

わざわざこのたぬき蕎麦のために揚げ玉を作ったのか、

それとも、たまたま他のお客さんのために天ぷらを揚げたタイミングだったのか、それはわからない。

でもここで二人とも感じたのは、

たくさんあっただろう冷たい天かすではなく、わざわざあたたかい天かすを載せてくれた店の気遣いだ。

ちょっとした感動である。

 

はっきり言って蕎麦の味は普通だったが、ここはいい店だと思った。

そしてこの店のこういう良さを伝えるのは、ソーシャルメディアしかないとも思った。

「おもてなしの心のある店」などと書いた広告では誰も響かないし、

口コミサイトに行ってわざわざレビューする人というのは実は限られている。

レビューというような身構えたものではなく、

ソーシャルメディアでの日常の投稿の中に表現する類いのものではないかと。

 

たとえばFacebookでこの店にチェックインし、店の場所と名前を知らせた上でたぬき蕎麦の写真をアップし、

「伊豆高原で冷やしたぬき蕎麦。揚げ玉がアツアツで美味しい!」

これで友達には、その店の良さが十分に伝わるだろう。

 

ソーシャルメディアは「いいものを発見する場所」でもある。

特にFacebookは、友達のシェアがすぐに目に入る仕組みになっている。

広告するお金もない小さな店。

派手さはないが、どこかにきらりと光るものをもっている店。

その「良さ」を私たちが知るためには、

私たち一人一人が、「発見したものをシェアする」習慣を持つかどうかがキーになる。

ちょっとした「感動」を自分の中にしまっておかないで、

シェアをする。

これによって、不器用だけどまじめに仕事に取り組んでいる人たちにスポットが当たるのだ。

 

もっともっと感動をシェアしよう。

日常の発見を伝えよう。

業者にお金を払ってインチキレビューを書いてもらうような店が繁盛するような世の中にしないためにも、

自分の「発信力」に磨きをかけようではないか。

 

今回小さな感動をくれたのはこのお店

伊豆高原更科