「福島の桃」に想いを馳せ、自分の危機管理を考えた

次々に明らかになる東電や政府の危機管理の甘さに、

あきれ、怒り、ふざけるな、と思った。

しかし同時に、

これは人のこと言えないな、とも思う。

 

今回の件で、自分の危機管理意識の低さを再認識した。

地震時の家族との連絡方法についても話あっていなかったし、

いざというときにどこに避難するかも考えていなかった。

 

そして何より、

母が住む実家と凶悪な毒ガス工場のような施設が、

60キロしか離れてなかったことに気づかなかった。

 

正直に言うと、

福島に原発があるということすらもすっかり忘れていたのだ。

「放射線」「核物質」に対しての知識はほぼゼロ。

ニュースで原発がいかに危険なものかが明らかになるつにつれ、

その危険性を知らずにいた自分に背筋が寒くなる。

 

福島は日本有数の果物生産地だ。

家から車で10分飛ばすと、「フルーツライン」という、道沿いがすべて果樹園の地域がある。

巨峰、桃、梨、りんご。

特に桃の季節、フルーツラインは大きな賑わいを見せる。

盆地で夏が暑いので、糖分を多く含む甘い桃ができるのだ。

毎夏、農協からお世話になった人に桃を贈るのが恒例だった。

 

桃の収穫が始まる7月。

最も繁忙期を迎える8月のお盆。

たとえ数値が全く問題なかったとしても、

もう、あえて福島の桃を買う人はいないだろう。

 

「危険な果物」という烙印は、

私が生きている限り消えないに違いない。

 

フルーツラインは、どうなってしまうのだろう。

果樹園の人たちの生活は。

農協のおばさんたちの顔が目に浮かぶ。

 

これまで私は楽観的に生きてきた。

先のことを考えない、最悪のことは考えたくない。

「まあ大丈夫でしょう、なんとかなるさ」。

それで本当になんとかなってきた。

 

この性格は変わらないし、

あえて無理に悲観的になる必要もないが、

いま「心構え」だけはするべきだろう。

 

認めたくはないけれど、

日本は戦後上昇し続けた「繁栄の時代」から、

「下降の時代」という次のフェーズに入ったのだ。

これまで通り良いことも起きるだろうが、

かつて経験したことのない「悪いこと」も起きると覚悟しなければならない。

 

今回、海外の報道でよく出てきた” Worst-case scenario”(ワーストケースシナリオ=最悪の事態)という言葉。

自分自身のワーストケースシナリオは何か。

 

今の仕事がなくなったときのこと、

収入が半分になってしまったときのこと、

物価が倍になったときのこと、

住む家がなくなってしまったときのこと。

水道の水が飲めなくなった時のこと、

毎日停電になったときのこと。

 

そのとき、自分はどうするのか。

 

平和ボケですっかりさびついてしまった「想像力」、

そして

ほとんど稼働させていなかった「思考力」。

 

神様が人間にだけ与えてくれた素晴らしき機能を、

いまこそ働かせる時なのかもしれない。