追悼:川島なお美さん〜「人生の幕引き」について

川島なお美さんは同い年ということもあり、ずっと気になる存在だった。

女子大生タレントの先駆けでデビューした時には「ぶりっ子」と言われてずいぶん叩かれていた記憶がある。

その後女優に転身してずっと鳴かず飛ばずのあと、いつの頃からかセクシー路線に舵を切り、

ヘアヌードで話題を集めたり、テレビドラマ「失楽園」のヒロインを勝ち取ったりした。

「失楽園」がテレビ化された時の騒ぎを覚えている。

大ヒットした映画のヒロインを演じた黒木瞳ではなく「なんで川島なお美なの?」というバッシングがあった。

本人的にもいろいろあったかもしれないが、でもあの一作で川島さんはタレントではなく「女優」という地位を確立したことは間違いない。

さらに「私の血はワインでできている」という、まるでフランス女優のような名言が川島さんのブランドを上げたと思う。

自分のプロデュースがうまいというか、自分がほしいものがはっきりしていて必ず手に入れる人だなあという印象を受けた。

30代終わりから40代は、私も人生で一番忙しい時を過ごしていたのであまり川島さんのことは知らなかったけれど、

この人ずっと独身なのかなあということは気になっていた。

そして50歳を目の前にして、当時大評判だった「ヨロイズカ」のオーナーパティシエと結婚したということを聞いて、

「ほんとにポイントはずさない人だなあ」と感心した覚えがある。

恋多き女、セレブというイメージの川島さんが選んだのは、年下の新進気鋭のパティシエというのはちょっと意外だったけど、

この結婚で、川島さんが人生で何を大事にしている人なのかわかった気がした。

そして、時々登場する、ちっとも年取らないどころかますますきれいになる川島さんを見て、

「げげ、私も頑張らなきゃ」と思うようになっていた。

そして、54歳での死。

人生を舞台になぞらえて、死を「幕引き」という言い方をする。

川島さんの幕引きは、本当に見事だったと思う。

死期が近いことを知っていても舞台にこだわり、美しいロングドレス姿で華やかなジュエリーをつけ、シャンパングラスを手に夫婦で人前に姿を見せた。

そこには、プロ根性と、意思と、意地と、サービス精神と、そして哲学を感じた。

川島さんは、自分でつかみとった「女優」としての自分を貫き、女優として人生を終わりたかったのだと思う。

抗がん剤治療を受けず、民間療法をやっていたとのことで一部批判があるようだが、自分の選択なのでそんな批判は的はずれだ。

ただ、もし川島さんにお子さんがいたら、もしかしたら違う選択をしていたかもしれない。

でも、それは知るよしもないこと。

現役の女優のまま、美しいまま、この世を去って行った川島さん。

その死は、多くの人に何かを問いかけるものだったのではないだろうか。

自分のことを考えてみた。

もし同じ病気になったとしたら、私はどんな選択をするのだろうか。

「何」として人生を終わりたいのだろうか。

幕引きのとき、そばにいる人は誰であってほしいのか。

ひとつ言えるのは、「こうありたい」終わり方をするには、いますぐにも、そういう生き方をしなければならないということだ。

川島なお美さん。

お会いしたことはないけれど、あなたの姿からたくさんメッセージをいただきました。

感謝とともに、ご冥福を心よりお祈りします。